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マインドパペット日記

MIND PUPPET BLOG

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夜の温室【第一話:石の温室】

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◆石の温室


そこは夜の温室だった。

温室と言っても、小さなガラス張りの部屋で、植物は無い。
足元には白い砂が敷き詰められ、所々に黒くとがった石がある。
空気は冷たくキンと澄み、晴れた日の冬の夜のようだった。

サクラは自分が傘を差している事に気付き、それを畳んだ。
透明なビニールの傘がギチギチと嫌な音を立て、無菌室のような室内に雑菌のように響いた。

どこかに出口は……

そう考えようとしたが、すぐに諦めた。
この清浄な部屋には、窓も扉も見当たらない。
ガラスはきちんと四隅に嵌り、いかにも密室というように、脱出の意志を冷たく跳ね返した。

寒い……。

外は暗く、何も見えない。
ガラスを伝う水滴だけが、外との気温差を感じさせた。

パーカーのポケットに手を入れ、身を固くして震えていると、ガラスの向こうに何かが見えたような気がした。
じっと見つめるが、水滴が邪魔で何も見えない。
気のせいかと思い、目を逸らそうとすると、再び何かが動いた。

それは微かな白い靄のようなものだったが、ガラスを隔てて少しづつ近付き、だんだん大きくなってきた。
どうやら人のようだ。
白く小さな人のようだ。

『出たいのか』

髪も肌も服も白く、老人にも子供にも見えるその小さな人は、しわがれた声でそう言った。
それはまるで独り言のようで、サクラは自分に向けられた言葉なのかどうか解らずに黙っていた。

『出たいのか』

今度は少し怒ったように、白い人は再び言った。
サクラはハッとして、ただ小さく頷いた。

『外は汚い』

小さく細く、けれど嫌悪に満ちた厳しい声で、白い人は言った。
ガラスを隔てているはずなのに、その声はクリアに響いた。
まるで直接脳の中に入って来るかのようだ。

『甘く不潔な下水の管に、幻聴虫が湧いておる。血花はぐらぐら 蜘蛛はねろねろ、一度聴いたら百年万年、ぬしの耳に貼り付くぞ』

言葉の意味は解らなかったが、どうやら忠告らしかった。
それとも脅迫だろうか?

白い人は外に行くなと言っているようだが、サクラはここにいても仕方がないように思えた。
この部屋は寒い。それに、何も無くて退屈だ。出れるものなら出たかった。

『ここには全てがある』

サクラの思いを見透かしたように、ガラスの向こうの人は得意気に言った。

『外の世界が何ほどぞ。外界などを知らずとも、見る目があれば全てが見える』

白い人は、サクラの足元を指差し、威厳に満ちた声で『見よ』と言った。

そこには黒い石があった。サクラの膝くらいの高さの尖った石だ。
その周囲を白砂が囲み、水紋のような筋を作っていた。
サクラは「枯山水」という言葉を知らなかったが、テレビで見た古都の寺を思い出していた。

『今ぬしが、どこにいるかはつまらぬ事。何を見、何を知ろうとするか、その心が肝心なのだ。見よ!』

サクラは言われるがままに、黒い石をじっと見つめた。
すると、まるでそれが大海に浮かぶ小島のように見えてきた。
黒々とした峻厳な峰に、白い筋が浮かび、それはまるで渓谷を流れる川のようだった。

その清流は滝を作り支流を作り、気高く強く流れていた。
上流に目を向けると、清らかな川面に日の光が踊り、薄絹のように柔らかな霧が二重の虹を映していた。

その流れを、何かがサッと横切った。
白鷺だ。
次の瞬間、その白鷺が水中の魚を捕えるのが見えた。
小さな鮎だ。
身を躍らせる鮎の背中がギラリと光り、その鱗の一枚一枚が、からりと晴れた空を映した。

鮎の鱗に映った空は、すぐに薄紫と桃色に変わり、蜂蜜色の雲を細く長くたなびかせた。
赤い微熱を残して日が落ちると、今度は群青色の宵闇がしんしんと降って来た。

その闇中にひとつ、小さな灯りがぽっと灯った。
金星だ。
世界が神聖な闇に包まれると、金星はますます輝きを増し、ぐんぐんと近付いて来た。
宵の明星、ウェヌスの星、明るく輝く金星も、間近で見ると斑の病葉のようだ。

その金星を通り越すと、今度は巨大な土星が見えてきた。
小さな隕石が集まる土星の輪の間をすり抜け、若い星の集まる星雲を突抜け、暗い暗い暗黒を抜けると、そこに巨大な星があった。

熟れすぎた果物を思わせるその表皮は、ブヨブヨと膨らみ、灼熱のコロナに焼かれ、ぐずぐずと崩れかけていた。
そのうごめく巨星が一瞬ぎゅんと縮まったと思うと、次の瞬間、音にならない音を立てて爆発した。
うわぁぁ………んという残響の中、その爆発の中心に人影が見えた。
黒く小さなその姿は、少年を思わせた。

あぁ、あれは誰だろう……どこかで見た事があるような……


『全てがある』

その声でハッと気付くと、サクラは元の温室にいた。
自分が白砂にうずくまり、尖った石をじっと見つめている事に気付いて顔を上げると、ガラスの向こうの白い人と目が合った。
白い姿の中に一点だけ、小さく真っ赤な瞳がある。その瞳が冷たくサクラを見下していた。

今見てきた事が、たった一瞬の事だと気付いて、サクラは茫然とした。
何時間も…いや、何年間、何百年もの間、自分の体から抜け出したような気がしていた。

『全てがある』

白い人はもう一度言った。

そう……多分、この人の言う通りなんだろう。
この小さな温室の中に、世界があり、宇宙がある。
自分の知ってる事も知らない事も、きっと全てがここにある。
だったら外界なんて必要無い。
何かを感じ、知りたいならば、足元をじっと見ればいい。

体の芯が熱く、肌は軽く汗ばんでいた。
さっきの寒さはもう感じない。
今は澄んだ空気が心地好く、きわめて快適だった。

もっと見たい……

サクラは切実にそう思った。
ここは静かで快適で、何よりとても安全だ。
この場所に比べたら、どんな場所も不潔で煩く危険だろう。
そして全てがここにある。

そうだ、僕はずっとここにいよう。
それで何も困らない。ここから全てが見えるのだから。
小さな世界は大きな世界の入り口だ。
そしてその入り口が、ここにはあるのだから……。

再び黒い石を見つめようとした時、突然背後に気配を感じ、サクラは弾かれたように振り返った。


そこには白い人がいた。長い着物の裾を引きずった、赤い瞳の小さな人……
さっきまで温室の向こうにいたのに……と思いガラスを見ると、今まで通り、そこにも白い人がいた。
自分が今まで話していたのは、ガラスに映った鏡像で、白い人は最初から自分の背後にいた……という事にサクラが気付くまで、しばらくかかった。

その様子を見ていた白い人は、呆れたように肩を落とした。

「自分の内にあるものを、まるで外から来たもののように見る……サクラ、ぬしはいつもそうだ」

「いつも?いつもって……? 僕が君に会ったのは今が初めてなのに?」

サクラが驚いて聞くと、白い人はわずかに悲しそうな顔をした。

「わしの名は誰々丸。ぬしのパペットだ」

「だれだれ…?パペ……?」

聞き慣れない言葉を繰り返したが、白い人……誰々丸と名乗るその子供は、サクラの驚きを無視して言った。

「もうよい。どこへとなりとも行くがよい」

「え……」

サクラは絶句した。
さっきまで外に行くなと言ってのに?
ここには全てがあると言ってたのに?

「どこへ行こうと同じ事。己が地軸があるのなら、どこへ行こうと揺るぎはしない。己が世界を持つ者だけが他の世界に行けるのだ」

「……??」

サクラには誰々丸が何を言っているのか、まるで分からなかった。
外に行くなと言ったり、行けと言ったり、さっぱり訳が分からない。

「もうよい。本気でぬしをここに閉じ込めておこうとは思わぬ。わしはただ……」

誰々丸はそこで言葉を切り、わずかに…ほんのわずかに微笑んだ。

「ぬしが分かればそれで良い」

サクラは戸惑ったが、そのほんのわずかの微笑みが、なんだか嬉しかった。

「心閉ざせばいつなりと、この場所には帰れよう。もしも己を失いかけたら、これを使うが良いぞ」

そう言って手渡されたのは、透明な三角定規だった。
「D」の文字が浮彫りになっている。

「わしはぬしのパペット、ぬしの一部なれば、いかなる時も共にある……」

そう言うと、誰々丸の姿はゆらりと歪み、現れた時と同じように、白い靄となって消えた。
そしてそこには、無かったはずの扉があり、音も立てずにゆっくり開いた。

出口だ。

サクラは少し迷ったが、白と黒の枯山水に、さっきまでの魅力は感じなかった。
そう、ここにはいつでも帰って来れる。
ここは僕の中心だから……。

サクラは一瞬だけ、自分の中の揺るがぬ軸を感じ、すぐにまた忘れた。

そして、温室の外に出た。


テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2009/12/12(土) 10:52:31|
  2. パペット雑記
  3. | コメント:0
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